読んだ本の最近のブログ記事

不完全性定理―数学的体系のあゆみ

想像力の限界を問われる本。途中まではなんとかついていったものの、あえなくダウン。長い長い、そしてじわじわと理解が難しくなってくる前振りの果てに登場する、肝心の「不完全性定理」については無理やりなんとなく雰囲気をつかんだつもりになっているだけで、本当はあまり伝わっていない可能性大。

そもそも、「不完全性定理」の意味する"事実"が直感的に受け入れられない。直感的に受け入れられない上に、論理的に説明されても理解できない。でも事実。

物理みたいに、はじめから「不完全なんだけどできるだけがんばりますんで」という態度ならまだしも、ずーっと「俺は完全だからどーんと任せておいてよ」みたいな顔をしておいて、ある日突然「ごめん不完全だったわw」って、ちょっと数学ったらそんなこと急に言われても困ります、みたいな。

マングローブ―テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実

総合的に考えてここに記載されていることは事実である可能性が非常に高いと思うのですが、世の中には知らずにおいたほうが幸せなこともあるという一つの例といえます。

「革マル派」なる方々についてはそういう人たちがいるらしい、という程度の認識で"マルクス"の"マル"であることすら知りませんでした。イデオロギー不在の時代に育った世代としては、やはりその存在はどうにも理解しかねるというのが率直なところ。早稲田が学園祭でひと悶着あったのもなんとなく覚えていますが、その実態がここまで深刻であったということにも驚愕しました。

☆☆☆★★

限りなく透明に近いブルー

「コインロッカーベイビーズ」がなかなか良かったので読んでみました。が、文字が目の前を通り過ぎていくだけで、全く頭に入ってこない。

「物語」を読むということは、その登場人物の誰かのどこかに自分のある部分を共感させるという側面が少なからずあるとは思うのです。その点、この作品に関してはあまりに刹那的で破天荒な登場人物達の振る舞いにビタ一共感できなかったというのが、内容が頭に入ってこなかった理由でしょうか。なんせ、まともなやつが誰一人としていないので。

☆☆★★★

41YVKH0EG9L._AA240_.jpg

これもカンボジアに持って行って読みました。行きの飛行機で終わっちゃったけど。

登場から退場まで、180度転回しつつも確かな一貫性を保ち続けるジェイ・ギャツビーのキャラクター造形が鮮やか。しかし、最初から最後まで、空しすぎてなんだかピンとこなかった。会社の文学部の人に言わせると、強いコンプレックスを抱えた人には心に刺さるものがあるそうな。そういうものかね、オールド・スポート。

この、「old sport」なる言葉は、ギャツビーの人格とは切っても切れない口癖、すなわちこの作品の超重要単語。しかし、日本語で適当な言葉が見当たらないため訳文でもそのままカタカナ表記。そのことには賛否両論あるみたいなのだけど、この言葉は、上記のとおり"ギャツビーの人格とは切っても切れない"、その象徴みたいな言葉であるだけに、単なるカタカナ表記でも作品を通してみればその意味、あるいはニュアンスみたいなもの、はその持ち主の描写を通してキチンと伝わったのではないかと思う。

言葉の意味とは結局のところ普遍的な定義として存在するものではなくて、使う人がそこにどういう意味を込めているか、またそれを読む人・聞く人がどう受け取るか、ということに尽きるとすれば、(「グレート・ギャツビー」という小説における)「old sport」の意味は、「オールド・スポート」ということで十分なのではないのでしょうか。

51ZVZ958RQL._AA240_.jpg

成田で買ってあっちで読みました。さすが話題の書だけあって面白い。とりわけ、「ロジカルモンスター」白鳥のキャラクターがキレている。が、それだけに、<ネガ>と<ポジ>、<ネガとポジ>と物語の結末、のつながりがどうも薄い気がするのが残念(漫然と読みすぎて見逃してる?)。

恋空

| | コメント(0) | トラックバック(0)

「読んだ本」カテゴリに入れるのもどうかと思いましたが、賛否両論、というか(少なくともネット上に出てくる声としては)否が非常に多いようにも思われるこのケータイ小説、読んでみました(途中まで)。

(途中まで)に明らかなように、これはないwwwこれはないよwwwと思ったわけですが、果たして自分が高校生の時に読んだらどうだったろうかと考えると、それでもこれはないwwwと言い切れる、とは必ずしも言い切れないところがなかなか恐ろしいところである。昔は今から考えればずいぶん恥ずかしいことを考えたりやったりしたのは事実だし、誰でもきっとそうだと思いたい。いや、それでも「恋空」はないよwww。

リアリティがないのはとりあえず許容するとする、でも仮にリアリティがあったとしても、あの主人公達は共感できない。あれが今の高校生にウケたというのが事実として、彼ら彼女らは相当程度共感した(あるいは憧れを抱いた、という形かもしれないけど)とすると、率直にいって不安になる。

古代のパピルスにも「最近の若者はけしからん」という趣旨の言葉が書いてあったとかなかったとかいう話もあるのは承知しているし、それを言うのはナンセンスなことだと心底思うのだけど、それでもやっぱり許容できないと思ったのであえて書いておく。

415GKBTZNWL._AA240_.jpg

とあるベンチャー起業家の失敗譚。タイトルに象徴されるように、"失敗の原因はすべて自分の力不足"的な記述が随所に見られるものの、本書を読む限りでは(自伝という点である程度割り引かなくてはいけないのかもしれないけれど)、才覚も熱意も成功するに値するだけのものは持っているように思われた。それでもちょっとしたボタンの掛け違いで転がり落ちるように圧倒的敗者になってしまう、起業とはやはり水物であるなあというのが率直な印象。

それはそれとして、倒産直前の銀行の貸しはがし、というか督促振りは目を覆うものがある。いわゆるベンチャー企業、というか小規模企業の業務遂行に当たっては社長の占める割合というのは非常に大きいわけで、その人物が銀行からの督促の対応に一日のほとんどの時間をとられるというのは当の銀行にとっても自分の首を絞めているだけなのではないだろうか。もっとも、多分そういう状況下においては融資先がつぶれることはすでに折込済みで、それでも自分のところだけは1円でも多く回収しようという方針に転換されているのだろうから、貸し渋り/貸しはがしによって返せるものも返せなくなるという理屈は通らないのだろうけど。

311SDR3RC7L._AA240_.jpg

就職してから感じた学生時代の意識とのギャップの一つに、「大企業の管理職は意外と偉い」というものがあり、たとえば自分が首尾よく大企業に就職できていたとして、自分と同じ程度に"優秀な"同期&+-数年分のライバルとの競争に勝ち抜き「意外と偉い」そのイスをゲットできそうかといえば正直あまり自信ないなあ、と漠然と思っていた。と同時に、大企業に就職した場合の未来像というのは決して平社員のままにぱっとせず終わるというそれではないわけで、その辺のギャップをバッサバッサと説明してくれる(そして前者の認識がおそらく正しいことを明らかにする)のが本書。

実家がサラリーマンでない上、自身の境遇もいわゆる日本的大企業にお勤めなわけではないので、この本の内容はあまり実感としては伝わらずあくまでも他人事なのだけど、実際日本の大企業に就職した知人友人の面々がどういった感想を持つのかというのは気になるところ。

41D1ACKR22L._AA240_.jpg

最近娯楽作品ばかり読んでいたのでそろそろ仕事関係の本でも。

主に管理のお話なので、もっぱら一人PMたる自分には無縁のことも多いのですが、それでもニヤリとさせられる点がいくつか(ニヤリとするだけでハッとしたりはしないのがこの本ならでは)。

  • プロジェクトの初期にむだにする一日も、末期に無駄にする一日も等しく打撃になる
  • プレッシャーをかけても思考は早くならない

そしてこのあたりに慰められたり。

  • 病んだ政治を下から治療することはできない。
  • 問題が自然に解決するか、行動するチャンスが来るのを待つしかない場合もある。
  • 奇跡が起こることもある(だが、あてにしてはいけない)

もちろんあてにしてはいけないのだけど、病んだ政治は結果として勝手に崩壊する場合も多いので、案外物事は期待する方向に進んだりする。

この本の中では病んだ政治はある意味超自然的なあれであれするのだけど、もうちょっと自業自得的な感じで病んだ政治が解決される方が、実感として、またあるべき姿としてもベターなのではないか、なんてことを思いました。

4170kPoQy%2BL._AA240_.jpg

ハードボイルド小説の古典(なの?)。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」好きの自分としては村上春樹訳だからこそ買ったといっても差し支えないのだけど、期待を裏切らない春樹ワールド。詳しい人に言わせると、どっちかというと元々村上春樹にチャンドラーの影響が色濃いということらしい。まあその辺はどっちでも。

主人公フィリップ・マーロウのあまりのハードボイルドっぷりに、皮肉を言っていたのに気づかず読み流し、その2ページ後に気づいたりすることもしばしば。自分自身のなんとハードボイルドでないことよ。

そして伝説のひとこと、

「さよならを言うことは、少しだけ死ぬことだ」

意味が分かるかっていわれると分かるとは言い難いんだけど、なんとなく分かるような気もする。そして無駄に文字にしたり口にしたりしてみたくなる、名台詞というのは多分そういうものなんだろう。

装丁がかっこ悪いと非難轟々らしいけれど、個人的には、決して今風ではないものの、そもそも作品自体が古くさいわけで、その古くささにはよくマッチしていて悪くないと思う。別に皮肉じゃなくてね。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち読んだ本カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは日記です。

次のカテゴリは資産運用です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。